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帝人奨学会通信

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2017年7月掲載 帝人久村奨学生の進む道(第3回)

私の歩んだ道 ―帝人久村奨学会並びに恩師の先生方に感謝を込めて

第7期生
埼玉大学名誉教授 野平博之

私は名古屋から中央西線の快速電車で中津川方面に約45分、三方を山で囲まれた山紫水明の町、岐阜県瑞浪市で生まれ育ちました。地元の土岐高校(現在瑞浪高校)を卒業し、東京工業大学に進学しました。大学では星野敏雄教授(学士院賞受賞者)の有機化学の授業に魅せられ、大学院進学を希望しました。私の実家は製材・建築業を営んでおり、大学卒業までの学資はほとんど親がかりでした。しかし、大学院まで親がかりとはいかず、星野先生に相談したところ、帝人奨学会を紹介、推薦いただきました。大阪本社での泊りがけの試験を受け、合格採用の通知をいただいた時の感激は今も鮮明に覚えております。

大学院では、星野先生の後任に当たる向山光昭教授(後の文化勲章受章者)のご指導の下に、有機反応理論、有機合成、高分子化学を学びました。そして、1965年、新設の埼玉大学理工学部応用化学科に助教授として着任しました。その後、埼玉大学には2002年に定年退職するまでの37年間勤務しました。在職中は主に有機化合物の光学分割、強誘電性液晶の合成など、有機合成の知識を生かした研究をしてきました。また、向山先生の推薦を得て、1971~72年の1年間、文部省在外研究員として、ハーバード大学の R. B. Woodward 教授(ノーベル化学賞受賞者)の研究室に留学する機会を得ました。そこで、有機合成の金字塔といわれたビタミンB12の人工合成研究の一端を担うことが出来ました。さらに、20世紀屈指の化学理論といわれるWoodward-Hoffmann理論に強い興味を抱く契機にもなりまた。帰国後、学生にこの理論を説明する際に、どうしても納得できない点があることに気付きました。その要点は、この理論が化学反応の中間過程にNeumann-Wigner の非交差則を適用している点です。また、福井謙一先生(ノーベル化学受賞者)のフロンティア理論との間にも矛盾があることに気付きました。

この問題については、埼玉大学在職中にも折に触れて学会や専門雑誌で発表してきましたが、退職後は専らこの問題に専念して取り組んでおります。そして、2007年にイタリア・トリノで開催された国際純正応用化学連合(IUPAC)の年次総会で「動的相関図法による福井―Woodward-Hoffmann 理論の統一」という一般発表を行いました。会場にはHoffmann 先生もおいでいただき、私の理論を認めていただきました。その後、この問題については、四男・俊之(京大・エネ研)が応援してくれることになり、念願の英論文を共著で発表することができました。[J. Theor. Compt. Chem. 11, 379(2012)]しかし、この理論は量子力学と有機化学反応理論という大きくかけ離れた分野にまたがっていることから、今のところ理解していいただける方が非常に少ないことを残念に思っております。

今まで非交差則を適用する必要がない根拠として化学素反応(ある分子が近傍の別の分子に1段階で変化する反応)の速度が7~9 km/秒 であると主張して来ましたが、昨年、偶然に爆速(爆薬が爆発するときの速度)がこの速度とほとんど一致することに気付きました。ダイナマイト、TNT など、ほとんどの爆薬は100年以上前に発明され、爆発の理論に関しても膨大な研究発表がされているにも拘わらず、何故か化学素反応の理論に基づく研究発表はされておりません。私は今年の5月に青山学院大学で開催された火薬学会の春季研究発表会でこの爆速理論を発表し、大きな反響を得ました。今後、この理論を“起爆剤”として、私の“統一理論”への理解が進むことを期待しています。

以上、岐阜県の片田舎を出て、思いもよらない多くの学問的経験をさせていただきました。帝人久村奨学会、並びにご指導いただいた恩師の先生方に心から感謝する次第です。